今回は姑のすぐ下の叔母夫婦のお話しです。
コロンと丸っこく、人懐っこい笑顔が魅力の叔母。ワタシは彼女が大好きです。
何故この笑顔が出るのか、と思うほどの苦労があったからなのです。
叔母が夫であるG氏と結婚したのは、やはり若くして、でした。
三年程経った時、G氏は「子供が欲しかったんだ」と離婚を切り出しました。
叔母は婚姻証明のちょっとしたメヘリエ以外何も要求せず、離婚に応じたそうです。
何故?と問うたら「それでも彼を愛していたから」と答えが。
G氏は遠戚からさらに若く健康な娘を妻としました。
そして一年。やはり子供は出来ず、G氏は自分に原因があることに気づきます。
心機一転、の意味もあり要求されたメヘリエを張り込んでOKした為、
G氏は手許にほとんどお金が無くなるほどになりましたが、若い娘と離縁します。
そして叔母の元に戻って来たのです。叔母にはわかっていたのでした。
きっと戻って来ると。
アザリ、またはアゼリと呼ばれるトルコ系のG氏は当時筋肉隆々たるハンサムな青年でした。
自信満々だった彼にとって子供が出来ないと自分から離縁した叔母にもう一度
結婚を申し込むのはどんな気持ちだったのでしょうか。
そしてこれからも子供は出来ないとわかってのことなのです。
寂しい夫婦二人暮らしになるのでは、と思った予想は外れ、
(恥ずかしながら)当時義父はあっちへフラフラ、こっちへフラフラしていたので
姑は大変苦労をしていました。
国営の会社の事務員の仕事に就いた母は列車に子供達を乗せて叔母に迎えに
来させて預ってもらい、テヘランで働いていたのでした。
時に主人を含む4人全員、または下の二人だけ、または義姉と義弟だけ、とか。
それがあって、今でもG氏は主人の兄弟姉妹を自分の子供のように接していますし、
彼らも叔母夫婦には他の叔父叔母達に対する態度が全く違います。
今ではワタシ達がG叔父さんと親しく呼び、G氏も
まるで自分の孫のようにワタシ達の息子を可愛がってくれるのです。
そう、姑の故郷でハトネ(割礼)の手術を受けた息子が眠ったのでほんの30分、
叔父の家に挨拶に行った間に痛み止めが切れて泣き叫ぶ息子を途方に暮れて
あやし続けてくれたのもこの二人。(あの時はホントにゴメン!!)
この離婚・復縁の話を叔母はG叔父さんの前でします。
G叔父さんも「まったく!バカな考え違いをしたもんだよ!」と。
叔母はG叔父さんを責めているのでは無いのです。
昔、起きたことを話しているだけ。
でも叔母は、
「昔は今みたいに不妊治療も無かったし、お金も無かったしねぇ」と。
誰か多くて困っているようなら子供をもらいたい、とまで言っていました。
今はG叔父さんも甥に当たるH氏と結婚した義姉の長男が立派に成人して、
婚約者も居るので、苗字を継ぐ者が居るから安心している、と言います。
最初の離縁の時、もしもワタシが叔母の立場だったら?
…きっと大騒ぎしてしまったかも。
でも叔母は何年でも待つつもりだった、と。
G氏以外私に触れていい者は居ない、と。
イラン人はお金にうるさい人種です。
ハッキリ言えば(笑)。
若い再婚相手に搾り取られてお金なんか無かったG氏を待ち続けた叔母。
勿論叔母夫婦がお金に興味が無いわけではありませんよ!
数年前にキャラジで買ったアパルトマンの周辺がとても開けて価格が
上がり、義妹夫婦の近所に引っ越して元の部屋を貸しています。
随分ラクになったようです。
なので、最近は主人から叔母さん達に少しお金あげていい?と
聞かなくなりました。
他のことにはちょっと助けてあげたことがありますけど。
叔母とG氏は今夏、仲良くマシャド(マシュハドと表記もします)の
知人宅に居て、残念ながら会えませんでしたが、先日テヘランの我が家に
来ていて、ネット電話でいっぱい話しました。
息子を産んだ当時は退院後、
叔母夫婦はまだ故郷に住んでいたのに、数ヶ月に一度、
半月程度ワタシを手伝いに来てくれました。
G叔父さんは、ちょっとあやす、くらいしか出来ませんでしたが(笑)
叔母はワタシに料理をさせて、おしめを洗ってくれたり、姑と同じように
なんでもやってくれて。
(まぁ、ヒマだった、とも言えますが)
身体を壊してすっかり痩せたG叔父さんに代わり、半月の間に
地元で請けた洋裁の仕事をチャドルに包んで持ってきて、
姑のミシンでダダーーッと縫っていました。
「どこでも出来るのがこの仕事のいい所なの!」と明るく笑っていました。
G叔父さんのアザリー語とペルシャ語、そして地元の言葉を三つ操って喋るのを見て
ペルシャ語わかんない、とか言っておられんぞ、と思ったものです。
そして当時、中々意志の疎通が取れなかった当の主人とのことをこぼすと叔母は、
「ハル ハネヴァデー モシュケルダレ!
(どの家族にも問題はあるわよ!)
ハル ザンオショウハル モシュケルダレ!
(どの夫婦にも問題はあるのよ!)」
と、笑って言っていました。
この叔母夫婦の件に関しては、叔母の、つまり女性の忍耐に負う所が
大きいですが、これも仕方無いのかも。
どう考えてもこういった問題では女性が「折れる」のでは無く、
「耐える」方が、持ちこたえて絆をとくことを阻止できるのかもしれません。
そんな過去があっての、叔母の笑顔。きっと夫のG氏には価千金でしょう。