ワタシが感じたイランとイラン人に関する雑感を、現地で撮影した写真をまじえて綴っています。不定期に更新中です。

☆cafeSHABNAM☆ Irano chetor mibini

皆様、こんにちは。閲覧ありがとうございます。
諸々の事情と状況で更新と、頂いたコメントへお返事が遅れることが続いておりますが、どうかご容赦下さいませ。
大変勝手ではございますが、無理の無いペースで、ワタシ自身も楽しんで続けたいと思います。よろしくお願いします。
ケータイから日々のつらつらをこちら→http://fatemeh6.tuna.be/でお気軽な話題をUPしております。
サーバーが重いことがありますがお時間のある時にどうぞご覧下さい。
YUKI拝
疲れています。
5月下旬から仕事で渡イランし、先月3日に帰国しました。

それ以来、ずーっと疲れています。

これは!と思った写真も大将の小さいカメラで撮ったもので

あっちも忙しくメールで送信する時間も無い気配。

このひとりごとにも一枚くらい写真を載せたいのですが、

選ぶ時間があれば惰眠を貪りたいと言った体(てい)で。

そんな中前日まで行くか、行かぬべきか?!と悩んでいたお友達との集まり。

行って良かったです…。

お友達の顔を見るっていうのは元気が出ますね。

ありがたいです。

さてと、今夜の若大将カンゾウ氏のリクエストは鶏のから揚げ。

もう漬け込んだし、ゴハンもスイッチを押すだけ。

イランのイの字も無い記事でスミマセン…。

次回は頑張ります。
| ひとりごと | 17:47 | comments(2) | trackbacks(0)
初物。
我が家の大将こと、主人から謎の画像が。



この〜木なんの木気になる木〜♪



あぁっ、もしかして?!



エッ?早くないですか?

今年の春は良く雨が降り、実りが早かったようです。

この赤い外皮はとってもいい香りがして、カルダモンと
お砂糖で煮詰めてジャムにすることもあります。

そう、ピスタチオです。

あの硬〜いイメージのペステ(ピスタチオ)ですが、

初物は甘い香りがして、あの硬い殻は指で簡単につぶせるくらい。

しかも実もシャキシャキです。

テヘランから東へ。

親戚の住む街の手前のダマガンはピスタチオの名産地です。

あぁ、じゃ今夏ワタシが行く頃は初物は終わってるのか〜。残念。
| イラン | 19:28 | comments(2) | trackbacks(0)
イランのいいトコ。
いいトコ、と言っても場所じゃありません。

人間関係ですね。

ま、「我が家の場合」としておきます。

在住していても気づかない方は「そんなコトない」とおっしゃるかもしれない。

我が家の場合はたとえ大喧嘩があっても一年以内に家族の誰かしらが

チョコチョコと工作して仲直りさせてしまいます。

叔父とか、その辺りになるとそこまで密に付き合わないので

やってしまったことを家族が今でも責めていますが。

それもあり、叔父は妻の実家のある都市にほとんど滞在しているようです。

叔父は姑の故郷でけっこうな稼ぎがあったので、

妻の実家はまるでお城のようでした。

叔母達の中にはそれを妬んで、さらにおばあちゃんの家の庭を

親戚に無断でつぶしてしまったことを言い、皆が今でも怒っています。

かわいい庭だったのでワタシもこれに関しては本当に残念に思いますが。


おっと、今回は叔父の話は置いといて。

義弟嫁VS家族の話。

ある年、ワタシが帰国した日に子供同士の揉め事が原因で

義姉と義弟嫁がぶつかりました。

お互い手が出る大喧嘩(笑)

義姉はワタシの部屋で「嫁、キライだわ〜」とさかんに言っていましたが

ワタシと息子が居たので我慢していたみたいで、軽い口喧嘩は

しているのを見かけたのですが、「やめとこ」と思い口出ししませんでした。

なんたって、義父の四十日まで滞在した時に姑にひどい悪口を

言うので思わず彼女の襟首(と言うことにしとこうww)を

掴んで持ち上げてしまったことが(爆)

それもあって、我慢している義姉を見ていて我慢しつつ、義弟嫁とは

ニアミス程度で過ごして帰国したのです。

まぁ、その義姉と義弟嫁もその後の春、お正月までには

仲直り…ではありませんが、会えばチュッと顔にキスして、

「ハーイ、元気?」みたいな段階までは関係は修復されたみたいで。

しかし、その年の夏、仕事込みで行っていたので忙しく、

ワタシは義弟嫁がなんだかキャンキャン言っても眠くて(笑)

あぁ、わかった、ハイハイ、みたいにやり過ごしていたのです。

しかし仕事も終わってあと二日!という時、義弟嫁の一言に

疲れきっていたワタシがブッツリとキレてしまい、

また、今度は彼女の髪の毛をショールごと引っつかんでしまいました(笑)

まぁ、他のオプションも追加してあげたのですが、それは書かないでおきます。

…とにかくもう(笑)

一番上の甥の婚約者とお母様が来ることになっていたその日。

その頃テヘランのアパルトマンは義弟の名前で賃貸だったので、

義弟嫁は「なんでアタシの家に○○の婚約者が来るの?!」とおかんむり。

それで因縁をつけたくてワタシが戻るのを待ってピリピリして

お昼ごはんも姑を全く手伝わず、

大きい椅子に足を投げ出して横になっていたとか。

なんでそこで、と言えば、一年に一度夏休みにしか来られない

彼女から見たら婚約者(一番上の私達の甥)のザンダイー(叔父の妻)が

来ているのだから、それと姑もワタシと息子の渡イラン直前に

マッケ(メッカ)から帰ったばかりでそのお祝いも含めて、

「こちらから伺いますわ」と言ってくれたのです。

刻々と時間が迫る中、そんな騒ぎに。

つぶさには詳細を書くことを避けますが(お友達は知ってますがww)

ワタシも中高・バンド時代とけっこうなゲンキ娘だったので

昔取った杵柄とでも申しましょうか、武道の経験もあったので

相手の体重を見て、痛めつけるのではなく彼女が「きぃ!!」と

なる力加減でやったので大騒ぎしていました。

義弟はとりあえず嫁を連れて嫁実家へ退却。

タッチの差で入れ替わり、婚約者ちゃんとお母様が。

ホントに、「ふ〜〜〜〜ぅ」と冷や汗が出るタイミングでした。


その一年後はワタシが持病の治療中であったので行かなかったのですが、

昨年はポケットマネーで夫である義弟を医者にかからせ、娘を出産に至り。

姑は「どんないきさつでも孫は孫」(義妹夫婦も同じ方法をとったので)と。

それに昔見せてもらったアルバムの義弟の小さな頃、

女の子の服を着せたのにソックリで。

ワタシも義弟が喜ぶので義弟嫁とほっぺにキスして挨拶した後、

彼女から抱き取って、

「あらま〜〜、パパにソックリちゃんでちゅね〜」と言い、

義弟に「ホンットにアナタのDNAだけね!」と言うと大喜びで。

嫁はその後ろで昔のように唇を噛んでいました。


YUKIさんって意地悪ねぇ、と思うでしょうね。

でもね、これくらい強気じゃないとやっていけないのです。

姑は優しく、日本在住のイラン人奥様達に、

「アナタは本当にラッキーよ!そんな優しい姑居ないわ!」と言われます。

はい、ラッキーです。

しかーし!このように姑と良ければ、家族内最凶(笑)の嫁と

ぶつかることに。

昨年は主人がイランで仕事の場合が多く、姑と二人で住むのにちょうど良い

大きさのアパルトマンに越し、主人が日本に帰国したり、

テヘランを留守にするなら姑は一人にせず、

義弟の所、義姉の所、義妹の所に居させます。

義弟嫁も赤ちゃんの世話をしてくれるなら大歓迎とばかりに

姑にもきつく当たることは無いそうです。

(でも姑によると離婚した前夫の娘は自分にそっくりな生意気娘になり、
 口が立つので折檻しているのだとか。
 義弟もこの娘には身分証明を作る気はありません。
 どうなるんでしょうね…。)

義弟達は自分達でアパルトマンを借り、

嫁は「あたしの家!!」とご満悦だそうです。

ワタシは昨年の滞在中、彼女が言ったイヤミには倍のイヤミを返して

あっはっはっは、と笑い飛ばしていました。

影で姑に「YUKIは相変わらずあたしにキツいわ!」と言っていたそうです。

しかし姑も「自分が相手に言ったことを考えな、

足腰立ってるだけありがたいと思いなさいな。」と、言ったとか。

そんなわけで神経が図太ければ図太いほど、水に流せる可能性が高いのが

イランかなぁ〜、という気がしています。

小さい頃、父と叔母がぶつかった時は仲直りするまでは、何年間も要した

思い出があります。

口喧嘩程度であんなでしたから、イランの特に「アツい」我が家の場合など、

母が聞いたら驚くだろうな。

ウチの母は親戚づきあいがひどく苦手でこういう話は聞くのもイヤ(笑)。

結婚式か、お葬式程度。

いいなぁ、母。

…と思った時期もありましたが、この数年は面白がってる自分が居ます(笑)


今回、義弟嫁をトピックにしましたが、ここには書けないような

当初、生臭い出来事を彼女が起こし、家族中から良く思われないのが原因です。

でも心配御無用、彼女もかなーり図太い神経の持ち主です。

疎まれても全然挫けない。

その点は尊敬しますゎ(笑)
| イラン | 18:47 | comments(4) | trackbacks(0)
お知らせ。
前回の記事へのコメントのお返事をしていなくてすみません。

この所、謎のコメントが複数あり、何故だろう?と思っています。

このブログは記事タイトルの右に「Author:YUKI」としており、

プロフィールもそこから見て頂く事が可能です。

ですが、ワタシに対して「サラさん」と呼びかけをなさってコメントを

頂くことが増えてきました。

どこかで「サラさん」という方が「私のブログです」とご紹介されて

いるのでしょうか?

それともワタシの杞憂に終わればいいのですが、作為的に「サラさん」

というお名前を出されるのか、ちょっとわかりかねます。

きちんと読んで頂いて、楽しんで頂いて、また考えるきっかけを得て頂けるのが

一番なのですが、すみません、このブログは「サラさん」とは無関係です。

そこで、「排除」という意味ではなく、ワタシ自身の混乱を避けるため、

このブログの筆者を「サラさん」と認識しておられるであろう方には

そのコメントは未公開のままにさせて頂きます。


仕事もそこそこ忙しく、体調にも心配な部分がありますので、

ワタシのこのブログを「サラさんのブログ」と認識されている方の

理由や素性を調べる、というエネルギーは使いたくないので

上記のように処理し、ペースは崩さずに更新は続けたいと思っています。

閲覧者の皆様、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
| - | 08:45 | comments(2) | trackbacks(0)
大きくなっても。
いとしいのです。

もう赤ちゃんでもないし、保育園でもない、数日後には

立派な中学生になるのに。

何回もイランに帰ろうと思ったけど、ある理由で日本で教育したくて。

何度も踏みとどまったのです。

少し前、中学の制服の採寸に行った時、そして制服が届いた時。

その時も感無量だったけれど、先ほど、何の気無しに

手回しのシュレッダーで不要な紙類を処理している時でした。

家庭科でワタシに作り方を習った「ほうれん草のごまあえ」の

調理法のメモをみつけました。

体調のせいか、忙しさが切れたフッとした瞬間だったせいか。

誰にもわかってもらえないかもしれませんが、

涙が出てきてしまいました。

調理法メモで泣くって…(笑)

鉛筆を握り、たどたどしく文字を書いていた息子の文字が

しっかりと、「泥をよく洗い落として、沸騰した湯に根元から」

なんて書いてある。

その文字がいとしく思えてしまうのです。

疲れてるだけかもしれませんが、ワタシにとっては泣きのツボでした。

どこで子供の育児、教育をするのかは千差万別。

ワタシは主人と話し合ってのことで、今は良かったと思っています。

早産で小さく産まれてきて、そしてすぐに大病をして、

もう、生きていてくれたらいい、と思った息子が小学校で一番身長が高く。

イランのおばあちゃんに似てちょっと咳が出ちゃうこともありますが。

運動も頑張ってくれています。

重たい買い物の時には手伝いに来てくれます。

勿論、息子を自分に縛り付けないようにと思っています。

それから、イランにも。

「行きたくない」もしくは「行けない」理由のある年は、

行かなくてよいと思っています。

…これは主人とモメそうだけど(笑)

一年に一度くらいはイランの空気を吸わせるんだ、と言っています。

まぁ、年齢が上がるにつれ、二人で話し合ってくれたら、と思います。

イランのお正月気分もそろそろ終わりで、また夏が近づくにつれ、

電話の向こうの家族は「いつ来るの?」と聞いてきます。

「いつもと同じ、夏だよ」と答えます。

あぁ、今年の夏は渡イランする気満々の息子ですが、

今年は何を吸収するんだろう。

大きく伸びた身長にきっと皆が驚くことでしょう。

息子の将来が少しでも良くなるように、主人と二人、出来るだけの

ことをしてあげたい、と思っています。


| ひとりごと | 02:41 | comments(7) | trackbacks(0)
こっそり(笑)
皆さん、Salamでございます。(…と、こっそり登場ww)

忙しいまま12月になり、主人のお正月休みで帰国もあり、

何のご挨拶も無いままもう二月です。

再度渡イランした主人の誕生日はバレンタインに近いので

いつもチョコレートでまとめさせてもらうのですが、

今年も不在ということで、義姉に頼んでケーキと花束を

買って、晩御飯でパーティをしてもらいました。

毎日電話で話していますが、照れくさそうに「ありがとね」と。

ワタシの体調に左右されますが、なんとか今年も頑張ります。

出来るだけ、一生懸命に。

日本のお正月が終わったと思ったらイランのお正月が迫ってきますね。

イラン相手では「時の運」的なことが多い仕事ですが、

なんとかまとめたい案件もあり、頑張ろうと思います。

そうそう、ブログも下書きばかりして更新してないので

手を入れてアップするようにしたいと思います。

偶然覗いた方も、いつも閲覧して下さっている方も

今後ともどうぞよろしくお願いします!
| ひとりごと | 19:57 | comments(4) | trackbacks(0)
古今東西便利なモノ。


ふふふ、またカワイイおじいちゃんです。

デジタルカメラはワタシの大切なコミニュケーションツールです。

このおじいちゃんも許可を頂いた際、

「コート ベプシャン?」(背広着ようか?)って本気で(笑)

だから、

「ナー、ハムィントゥリー フーベ! ヘイリ ホシケリー」
(いいよ、そのままで! すっごくカワイイよ!)

と言ったらウフフ、と照れていました。

そして撮り終わった後、撮った画像を見せると田舎の人はびっくりして、
でもとても喜んで、興味津々で小さな画像を覗き込んで、
大抵が満足そうに「ダステ ショマ ダルドナコネ」(ありがとう)と。

「メルシー(ありがとう)」の場合もありますが、
写真へのお礼は、殆どの人が、ダステ ショマ ダルドナコネ、と言ってくれます。

こうやってお礼を言われたら、またまた!
撮ったこちらも、ダステ ショマ(強めに) ダルドナコネ!と返します。

勿論カメラを持っているだけで怒る人、注意される場所もありますが、

そこら辺は怒られたり注意されたらサッと引き下がれば良いわけで。

仕事上ではカメラを向けることさえ出来ない悔しい思いを時にはしますが、

(ワタシのカメラの腕前はご覧の通りの冴えないものですが、
 情報として参考になる場合があるので撮らねばならないことがあります)

ちょっと田舎の閉鎖的な所でも、お子さんや飼っている動物の写真を
撮らせてもらい、見せてあげるだけでグッと距離が縮まり、
そこから会話が弾んだりすることもあるんです。

ワタシが帰らないので心配して主人が探しに来ると知らない人のお家の
軒先でチャイを頂いていたりも(笑)

(観光地ではこういうお誘いにはあずからないようにしています。
 何か買ってくれ、っておねだりされちゃいますからね)

イランに限らず、他の国や勿論日本でも写真が取り持つコミュニケーションて

きっとありますよね。

ワタシも機会があれば別の国へまた行ってみたいなぁ。

日本の静かな所へも行ってみたいです。

きっともっと年をとってからになりそうですが、実現したら、

どんなにか楽しいだろう、と思います。

その時までこのカメラが現役でいてくれたら良いのですが。

ブログをやっていて嬉しいのは、たどって行くといろんな国について、

いろんな暮らしをカメラで切り取っている人が居るということを

見る、知る、ことが出来ること。

ワタシのカメラで撮られた写真も他の誰かにもそう思ってもらえたら嬉しいです。
| イラン | 18:07 | comments(4) | trackbacks(0)
夫婦の絆。



今回は姑のすぐ下の叔母夫婦のお話しです。

コロンと丸っこく、人懐っこい笑顔が魅力の叔母。ワタシは彼女が大好きです。

何故この笑顔が出るのか、と思うほどの苦労があったからなのです。

叔母が夫であるG氏と結婚したのは、やはり若くして、でした。

三年程経った時、G氏は「子供が欲しかったんだ」と離婚を切り出しました。

叔母は婚姻証明のちょっとしたメヘリエ以外何も要求せず、離婚に応じたそうです。

何故?と問うたら「それでも彼を愛していたから」と答えが。

G氏は遠戚からさらに若く健康な娘を妻としました。

そして一年。やはり子供は出来ず、G氏は自分に原因があることに気づきます。

心機一転、の意味もあり要求されたメヘリエを張り込んでOKした為、
G氏は手許にほとんどお金が無くなるほどになりましたが、若い娘と離縁します。

そして叔母の元に戻って来たのです。叔母にはわかっていたのでした。

きっと戻って来ると。

アザリ、またはアゼリと呼ばれるトルコ系のG氏は当時筋肉隆々たるハンサムな青年でした。

自信満々だった彼にとって子供が出来ないと自分から離縁した叔母にもう一度
結婚を申し込むのはどんな気持ちだったのでしょうか。

そしてこれからも子供は出来ないとわかってのことなのです。

寂しい夫婦二人暮らしになるのでは、と思った予想は外れ、
(恥ずかしながら)当時義父はあっちへフラフラ、こっちへフラフラしていたので
姑は大変苦労をしていました。

国営の会社の事務員の仕事に就いた母は列車に子供達を乗せて叔母に迎えに
来させて預ってもらい、テヘランで働いていたのでした。

時に主人を含む4人全員、または下の二人だけ、または義姉と義弟だけ、とか。

それがあって、今でもG氏は主人の兄弟姉妹を自分の子供のように接していますし、
彼らも叔母夫婦には他の叔父叔母達に対する態度が全く違います。

今ではワタシ達がG叔父さんと親しく呼び、G氏も
まるで自分の孫のようにワタシ達の息子を可愛がってくれるのです。

そう、姑の故郷でハトネ(割礼)の手術を受けた息子が眠ったのでほんの30分、
叔父の家に挨拶に行った間に痛み止めが切れて泣き叫ぶ息子を途方に暮れて
あやし続けてくれたのもこの二人。(あの時はホントにゴメン!!)

この離婚・復縁の話を叔母はG叔父さんの前でします。
G叔父さんも「まったく!バカな考え違いをしたもんだよ!」と。

叔母はG叔父さんを責めているのでは無いのです。
昔、起きたことを話しているだけ。

でも叔母は、
「昔は今みたいに不妊治療も無かったし、お金も無かったしねぇ」と。
誰か多くて困っているようなら子供をもらいたい、とまで言っていました。

今はG叔父さんも甥に当たるH氏と結婚した義姉の長男が立派に成人して、
婚約者も居るので、苗字を継ぐ者が居るから安心している、と言います。

最初の離縁の時、もしもワタシが叔母の立場だったら?

…きっと大騒ぎしてしまったかも。

でも叔母は何年でも待つつもりだった、と。
G氏以外私に触れていい者は居ない、と。

イラン人はお金にうるさい人種です。
ハッキリ言えば(笑)。

若い再婚相手に搾り取られてお金なんか無かったG氏を待ち続けた叔母。

勿論叔母夫婦がお金に興味が無いわけではありませんよ!
数年前にキャラジで買ったアパルトマンの周辺がとても開けて価格が
上がり、義妹夫婦の近所に引っ越して元の部屋を貸しています。

随分ラクになったようです。
なので、最近は主人から叔母さん達に少しお金あげていい?と
聞かなくなりました。
他のことにはちょっと助けてあげたことがありますけど。

叔母とG氏は今夏、仲良くマシャド(マシュハドと表記もします)の
知人宅に居て、残念ながら会えませんでしたが、先日テヘランの我が家に
来ていて、ネット電話でいっぱい話しました。

息子を産んだ当時は退院後、
叔母夫婦はまだ故郷に住んでいたのに、数ヶ月に一度、
半月程度ワタシを手伝いに来てくれました。
G叔父さんは、ちょっとあやす、くらいしか出来ませんでしたが(笑)
叔母はワタシに料理をさせて、おしめを洗ってくれたり、姑と同じように
なんでもやってくれて。

(まぁ、ヒマだった、とも言えますが)

身体を壊してすっかり痩せたG叔父さんに代わり、半月の間に
地元で請けた洋裁の仕事をチャドルに包んで持ってきて、
姑のミシンでダダーーッと縫っていました。

「どこでも出来るのがこの仕事のいい所なの!」と明るく笑っていました。

G叔父さんのアザリー語とペルシャ語、そして地元の言葉を三つ操って喋るのを見て
ペルシャ語わかんない、とか言っておられんぞ、と思ったものです。

そして当時、中々意志の疎通が取れなかった当の主人とのことをこぼすと叔母は、

「ハル ハネヴァデー モシュケルダレ!
  (どの家族にも問題はあるわよ!)

 ハル ザンオショウハル モシュケルダレ!
  (どの夫婦にも問題はあるのよ!)」

と、笑って言っていました。

この叔母夫婦の件に関しては、叔母の、つまり女性の忍耐に負う所が
大きいですが、これも仕方無いのかも。

どう考えてもこういった問題では女性が「折れる」のでは無く、
「耐える」方が、持ちこたえて絆をとくことを阻止できるのかもしれません。

そんな過去があっての、叔母の笑顔。きっと夫のG氏には価千金でしょう。
| イラン | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0)
いたわりの温度差。
姑の故郷を経由してイランの田舎、遠戚が居るので毎回山にピクニックに行きます。

そこのお家が中心になって3家族位の羊を羊飼いを雇って
秋口まで放牧をその山でしています。

そのお家に初めて行った時、
(今はそのウチのお嫁さん夫婦=ウチの甥っ子夫婦の家に泊まります。
 家の敷地、塀の中に仔ヤギやら乳牛が居るのでお家にはノミ?が居て、
 皮膚の弱いワタシはまるで蜂にでも刺されたみたいになっちゃうのです。
 同じく皮膚の弱い義姉とその息子も刺されまくるのでそちらへの
 残念ながらお泊りは無しに。ひどい痒さなのでやむを得ず)

牛の為の一番大きなスペースに入ったら、レンガと土で作った小屋があり、
一人の老人が居ました。
藁が敷き詰められていて、お布団が敷いてある上に座り、ドアが無いので
裸電球の点灯した小屋の中ははっきりと見えました。

老人は両目とも瞳が白濁しており、視力が無いようでした。
ワタシはしばらくその小屋の中に気づかず、牛を撫でてやっていたのですが、
喜んでベロベロと大きな舌で舐められたのでくすぐったくて声を出して笑ったのです。

そしたらその小屋から声が。
そこで初めて老人の存在に気づいたのです。
しゃがれた声できつい訛りでしたが、何か欲しがっているのがわかり、
「おじいちゃん、何?食事?お茶?」と聞いたらかろうじて水を欲しがっているのが
わかりました。
でも水入れらしき物が無いのでそうだ、台所からもこの牛のスペースが見えたっけ、と
牛を刺激しないように台所側にまわり、窓からその家のおかあさんに
小屋のおじいちゃんが水を欲しがってるよ〜と。

すると「いいわ、私が今持って行くから、虫に刺されるから戻って!」と
言われました。

おじいちゃん、○○ハノム(その家のおかあさん)が、持ってくるって、と
声をかけて立ち去りました。

正直言ってちょっと胸の痛い光景ではあったので、牛のスペースを出て、
水道で手と足を洗っているとおかあさんが水入れとコップをお盆に乗せて
家から出てきました。

誰なの?と尋ねると、あの山の放牧地でずーーっと働いてたウチの羊飼いだよ、と。
何処かの山の部族から来た人らしい、と。

身分証明も軍歴も何も無い彼のような人は元居た部族との連絡が途絶えてしまうと
本当に一人ぼっち。

この彼はとうとう5年ほど前には動くことが出来なくなり、でも家族では無いので
牛達の傍らの農具入れを片付けて面倒を見ているのだそうです。

山で羊飼いなどの作業をするのは本当にきつい仕事です。
その疲れを癒す為、日常的に自然由来の麻薬を使う人も多く、山へ出なくても
習慣になって使う人も多いのです。

ことさら彼のような身分証明の無い老人になってしまうと病院へも連れていけず
(と、言うかこのように面倒を看ているのが珍しい)
何かの病の痛みを紛らわす為にそういう物を与えられていることも
おおっぴらには語られませんが周知の事実。

そこは問題があるとは思いますが、身元のわからない人を、ずっと地元の主の
飼い物の為にその人生を捧げたに値するのでこういう人は面倒を看るのだそうです。
(あくまでもこのご家庭は、ですけれども)

可哀想な気もしますが、どうでしょうか、
日本でたった一人で宿も無く暮らしているお年寄りが居るこの日本に
立ち戻って考えてみると日本よりもイランの方が「やさしい」感じがします。

日本で時々報道される介護疲れで心中…とか。

イランでもあるのでしょうけど、ワタシはけっこう家族内の付き合いに引っ張りまわされて
かなり遠い遠戚にも引き合わされますが、お年寄りや障害者を介護している
ご家族はかなりの確率で高いような気がします。

イランのようにたくさんの民族、部族の混沌とした社会では、
お話しに出てくるようなさすらい者が居たりするのです。

しかし身体を壊せばさすらう事などできず…。
もしかしたら山で骸(むくろ)をさらす人物も居るのかもしれない…。

現在の日本にはなかなかさすらえる環境が無いのもありますが、
自分の信念の為に、公共のサービスに甘んじることを良しとしない人もいます。

ひたすらに始発を待って、夏涼しく、冬温かい環状の路線に終電まで乗り続ける。

牛の傍らとはいえ、雨露をしのげ、温かい食事が三度食べられる。

どちらが幸せなのだろうか。

支援施設の不正などのニュースを見ると、日本のような先進国とイラン、
どちらに「いたわりの心」があるのか…。

見た目も聞えもいいけれど、システムの乱用がある日本。
システムは無くともそういった「当たり前のこと」を心から普通に行えるイラン。

どちらのいたわりが温かいのだろうか。

ワタシの祖母が今年逝った時、両親と妹が葬儀屋と話し合いをしている間、
ワタシと主人が祖母に付き添っていました。

職員の方達が数人ずつ、入れ替わり立ち代わりやってきて手を合わせてくれました。
もう聞く事を停止した祖母の耳に、「がんばったね!」とささやいた女性職員。

「キレイね、キレイにしてもらえてよかったね!」と手を撫でながら言ってくれた人も。

牛の傍らのおじいちゃんは、こんな風に声をかけてもらえないでしょうけど、
母屋の家族たちの話す声を聞きながら、薄れゆく記憶の中から自分の家族と
過ごした日々を手繰り寄せて夢想していたかもしれません。

それぞれの国に、それぞれの地方に、そしてそれぞれの家庭にどこまでやってやるか、
家長の良心にかかっている事柄で、ワタシがあれこれ杞憂することではありませんが。

一昨年ぶりの今夏の渡イラン、あの牛の傍らの小屋は農具入れになっていました。

おかあさんは、「行ったよ(亡くなった)」と一言。
彼がウチの羊に手間をかけてくれたから、その分、我が家で彼を看た。

彼も行けて、きっと(心が)軽くなっただろう、と。

この家のおとうさんは無口で、日に焼けた顔で年をとったせいもあり、
二十頭足らずの羊を近くの野原へ連れて行き、
夕方までに連れて帰る暮らしをしています。

そういうことは一切口に出さず、動けなくなったおじいちゃんを山から
降ろして小屋の中をしつらえたおとうさん。
何も言われなくても食事を用意したおかあさん。

血のつながりの無い人でもここまでするのが、イラン人。
血のつながりがあっても、一度こじれるともう二度と、は無いのもイラン人。

あちこち行き、見て来ましたが、
なんでもかんでもイランが良いなんて思いませんが、
寛容にいたわりをほどこす人が多いのは日本より、イランのような気がします。
| イラン | 08:18 | comments(4) | trackbacks(0)
偉い人達へ。


お昼下がりのテヘランの山付近の村。

おじいちゃん達が集まってお喋りしています。

こういう景色にヨワイのです(笑)

なんかカワイイ感じ。

若い頃からこうやって集まっていたんだろうなぁ。

こんな写真を見てもらってもやっぱりイランは悪の枢軸なの?

そう思う?

そう思う人はずっと思っていて下さい。

一部に権力が集中しているのは勿論認めます。

だけど一般市民は違います。

高くなくても皆で食事を囲んで、楽しくお喋り。

それがイランの普通の生活です。

訪れた日本人の殆どが言います。

「なんだか懐かしい」

ワタシもそう思いました。

それは褒め言葉と取って欲しい。イランの偉い人達には。

徹底的にやられて、極東のこの島国みたいにならないように。

話し合いで解決してほしいと、片足が日本に、もう片足がイランにある、

ワタシ達日本人配偶者は思っています。

相手が応じる気配を見せたのなら、両国ともに手を汚さず、

一滴の血も流さずに話し合いましょう。

ここでまた、皆には冷ややかに「無理よ」言われますが、

政権交代を果たした日本の偉い人達、間に入っても良くはないですか?

日本をメチャクチャに蹂躙した国と、大昔から遣いを寄こした西の果ての国。

時代も時代ですから、少しだけでも両国が歩み寄れるよう、手伝ってもムダでは無いかと。

そう思うのですが。
| イラン | 18:07 | comments(4) | trackbacks(0)
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