主人が古いビデオを整理していて息子の小さい頃の映像を
久しぶりに見ました。
帰国したばかりの3歳ごろから保育園に通っている頃のものです。
三輪車に乗せなかったので小さな自転車でいきなり練習を始めた頃のもの。
以前住んでいたアパートでパパと二人で保育園で覚えたばかりの
舌足らずな日本語で会話をしている様子。
4歳の誕生日に友人夫婦からプレゼントをもらいながらケーキを食べるところ。
運動会でお気に入りの先生をイヤイヤをして困らせ、
カメラを回すパパを見つけ、駆け寄ってきてしまう…。
気づいたら涙ぐんでいました。
とんでもない想像ですが、ワタシはきっと息子に刃を振るわれても
よけることはないでしょう。
涙ぐみながらワタシは思ったからです。
もう、じゅうぶん、って。
だから何をされてもいい、って。
こんなに幸せな気持ちにしてくれたのだから、もう十分と。
それと同時にワタシの母も、主人の母も同じように思うのだろうなと。
だからワタシ達子供がバカな間違いをしても許すという言葉は
使わないにしても不問に付してくれるのだと。
ウチの息子も家では主人に注意されますので、「俺」と言いませんが
友達と遊んでいると自分を「俺」と言っています。
(ワタシは俺でも僕でもかまわないと思ってますが
主人はすごく気にするので)
ワタシの注意に反抗の意を込めてドアを乱暴に閉めたりもします。
そのうちクソババァとか言い出すかもしれません。
勿論叱るとは思いますが、だからって傷つくことは無いのです。
母親の気持ちを味わってなお思うのは、ワタシも母の制止を
振り切ってやったことでも、後悔に繋がらないことや、
失敗しても学びに繋がることがあるので、
それもまた無意味では無かったということがたくさんありました。
息子にも自分で信じるものがあるのならワタシや主人に逆らっても
やってほしいと思っています。
もちろん、その後姿を見送るのは寂しいことだと思うけど。
いろいろありましたが主人と一緒になって家族が増え、息子だけでなく、
甥っ子や姪っ子が大人になり、お嫁さんをもらったり、婚約したり、
ワタシの祖母がホームのお世話になったり、叔父や、主人の祖母が
亡くなったりするとこれが人生なんだなぁと思います。
18歳の頃、ワタシはマッチのように燃え尽きて一瞬で死んでしまうように
思っていました。
しかしそれは違いました。
楽しい時もありますが、つらい時もありながら、長く続いていきます。
幸か不幸か内容の濃い人生を送ることになってしまい、
(というのも周囲から大変でしょうと言われるからです)
色々なものを見、聞きました。
こんなことを言うとは思わなかったことを発言もしました。
父が「兄弟の多いヤツとは一緒になんなよ」と言う言葉を
父自身の実体験から小さい頃から言われていたのに、
イランでは多くも少なくも無い兄弟ですが、義姉、主人、義妹、義弟の
家族と十分に濃い付き合いで大変なくらいです。
お友達のイラジャポ奥さんはもっと兄弟姉妹が多くて
頭が下がる思いです。
でも、兄弟の少ない人と一緒になっていたら今のワタシはありませんでした。
だから、今、まだパートナーとの生活にイマイチ慣れていない人も、
親御さんのいう事に納得出来ない人も、自分の主張がぶつかっている人も、
どちらが正しいか、ワタシが判断することではないけれど、
とことんぶつかり合ってみるべきです。
パートナーを怖がることなく、親を怖がることなく。
しかし、相手に対する敬意だけは忘れなければそのぶつかり合いは
無意味ではないとワタシは思っています。
ワタシも息子を始めこれから家族とどんな意義のぶつかり合いが出来るのか、
楽しみに生きていこうと思っています。
インシャアッラー、
年老いても元気ならばその時生き残った家族の誰かと
そんな懐かしいぶつかり合いもお茶のみ話の肴になるでしょう。
楽しみです。