無知は罪ではないが、知ったかぶりは罪だ、と言った方が居るそうです。
なるほど、と思います。
しかし、事と場合によっては無知は罪になることもあるのです。
「知」と勘違いしてその無知を振り回すことほど羞恥心に欠けた行動はありません。
日本で生活をしていて、米国に短期間滞在していて、
そしてイランでも生活しました。
(イランは当初はやむを得ず、でしたが)
日本とイランは現在、ワタシにとって仕事の場でもあるので、
多少の苦労もすれば、イヤな言葉を浴びせられることもありました。
しかし、それは相手も期限内に仕事を終わらせたいことから来る
焦りが発せさせた言葉だから、と怒りは感じないものです。
イランでは、仕事の場面で、とんでもなく「何も出来ない人間」が
当然のような顔をしてペラペラと口出しをしてくることもあります。
しかし、それも、その場を仕切る立場の人間が、例えワタシが
外国人であっても、それ以上余計なことを言わないようにお願い、と
一言言うと、口を噤んでくれるものなのでした。
もちろん制止する時はその人物の「暴れっぷり」に合わせて、
周囲にわからぬように注意したり、頭から怒鳴りつけたりはしますが。
ワタシは常々、イラン人女性は聡明でやり手な人物が多いと書きました。
職業婦人でない農村部の女性にも、家をキレイに保ち、完璧に
料理をし、主人の為に尽くし、子供を育てている素晴らしい人が多いのです。
(イラン人男性もまた、大変それを有難いと思い、尊重している方が多いのも事実です)
ただ、自己主張が強いので、気も強く、ワタシも何度も
言い合いや、喧嘩になった女性は何人も居ました。
大声で言い合いをしなかったのに、汚い言葉を浴びせあったりしなかったのに、
非常にイヤな思いをさせられたあるイラン人女性が居たのを今でも時々思い出すことがあります。
生まれてすぐ重度の黄疸を患った息子と同じようにICUに入っていた
ある病気のお子さんの母親でした。
ワタシはその頃はまだペルシャ語があまり出来なかったし、
授乳の為ただ息子が目覚めるのを待っているだけなので、かぎ針と糸を持って
何を作るか決めずにただただ花のモチーフを編み貯めていました。
数人の顔見知りの母親達が居ましたが、中でも、暑い暑い夏のさなかに
マグナエの中にさらにおでこが半分隠れるような飾りつきのヘアキャップを
被って、チャドルを纏った「チャドリ」といわれる女性の中でも
さらに厳格な服装をした若い女性が彼女でした。
ICUに子供が居るのだから、母親に付き添ってくる祖母や叔母は
もちろんわざとチャドルで来ている人も居ましたが、
椅子に座れば、女性しか居ませんし、暑いので皆チャドルを
腰まで脱いで、挨拶して「どーお、赤ちゃんは元気?」なんて
雑談をしたものでした。
男性の先生も授乳室なのはわかっていますから、廊下の途中から
「ヨ、アッラー」と掛け声をかけますしね。
しかし、前記の彼女の赤ちゃんは大変症状が重いらしく、授乳するのも
ワタシ達のように起きた赤ちゃんを看護士さんが連れてくるのではなく、
彼女が部屋の中に呼ばれていくのでした。
彼女はあまりワタシ達とは言葉も交わしませんでしたが、
ある日、ワタシの編み物について「上手ね」とか「何を編んでるの」と
話しかけてきました。
そこに居た2,3人の母親達はびっくりしてこちらを見ていました。
ワタシが「きめてない、あとでつなげて、花瓶の下に 置く、かな?」
と、たどたどしく答えると、突然、咎めるように、
「あなた、イスラム教徒にはなったんでしょうね?」
と言いました。
ふっくらした顔の可憐な「少女」と言って良いくらいの母親でした。
あまり細かい事情は説明できませんけど、ウソではありませんので、
「もちろん」と答えました。
すると、彼女は、
「イスラム教徒になる前は、豚肉を食べたの?」
「食べたよ」
彼女は、う〜〜ッと気持ち悪そうな顔をしました。さらに、
「タコだとか、貝も食べたの?ウロコの無い魚も?」
「勿論食べたよ」
ドアのところに立っていた看護士の女性がみかねて、
「ハノム、サ(ク)ト ナギール。
ファルハンゲ ウンジャ アス(ト)。
ビヤ、 ペサレトゥン ビダル ショデ。 シール ベシ ベデ ボホレ」
(あなた、おやめなさいよ。
向こうの国の文化なんだから。
ほら来て、息子さん、起きたわよ、おっぱい飲ませてあげて)
ワタシは数日後、回復の見込みの無いそのお子さんを彼女が
母親と連れて帰るのとすれ違いました。
看護婦さんの話では、彼女は妊娠していたのに、頭痛薬を飲んで
息子さんに症状が出てしまっていたのでした。
その症状を具体的に書く必要は無いと思いますが、
ワタシはこの女性を思い出すと、今でもちょっと思いを巡らせてしまうのです。
彼女がワタシをイスラム教徒としてはじくような質問を浴びせたのは
もちろん気分が悪かった。それは事実です。
しかし、お腹に子供が居るのに安易に手元にある薬を服用して、
やっと生まれ出た息子に苦しい思いをさせ、ほんの数ヶ月で
何も経験させてやれもしない哀しい人生に追い込んだのは彼女の無知の罪だと思うのです。
専門家がこれを飲みなさい、と処方したのが世の中を騒がせるような
危険な薬だったら別ですが、妊娠中に喫煙や飲酒をしてはいけないのと
同じように火を見るより明らかな、強い頭痛薬の服用をしておいて、
息子の病状が告げられた日に、待合室で一番イジメやすかったワタシを
攻撃したわけです。
ワタシがただ居合わせただけだったら、彼女に同情して、
許してあげることができたかもしれませんが、ワタシの息子もまた、
病気で、心配で手持ち無沙汰に編み物をしているだけだった外国人母でした。
宗教って、あなたにとって何ですか?
「イスラーム」という言葉を使うと「宗教」「宗教」と大騒ぎになります。
当のイスラム教徒でさえそのようです。
彼女は赤ちゃんが起きるまでの間、ゴルアーン(コーラン)を一生懸命
読んでいました。
外国から来て、言葉も完全で無い、同じように病に臥せった息子を
持つ母親に意地悪な質問をするのが「敬虔」だとは思いません。
幾ら服装を整えていても、ゴルアーンを読んでいても、
祈りを欠かさずとも、心の中は行動に、言葉に出ます。
ワタシのような「ちゃんとしてないイスラム教徒」が何を言う、と
怒りだすイスラム教徒が日本にはたくさんいらっしゃいますが、
ワタシは先輩が教えて下さったようにイスラームは生き方であると思っています。
それが証拠に、日本でもイランでも、気分良くお付き合いの出来る
素晴らしい人格の先輩や、お友達は「宗教(ディーン)」「宗教(ディーン)」と
騒がない人ばかりです。
宗教、神様、と大騒ぎする前に、もっと当たり前のことを。
まず字が読めなくては信ずる宗教の聖典やお経が読めないのと同じです。
まず妊娠したことで味わう高揚感に浮かされて、家族からチヤホヤされて、
してはならない禁忌を犯した彼女の罪の重さはどれほどなのか、ワタシにはわかりません。
彼女はワタシに言いました(聞き取ることは出来ていました)。
「マン ハマロ バラダム、ホダー バ ペイガンバル、
チ ベシ ゴフテ。
(私は神様が預言者様に何を言ったか全部わかるわ)
アズ インジャ ター インジャ、ヘフズ キャルダム。
ショマ ヒッチ ネミトゥニ ベフニー(ド)、ナー?
(ここから、ここまで暗記したわ。
あなたは全然読めないんでしょう?)」
こんなことを言われてゴルアーンに近づきたくないし、
何もわからなくてもよいからこれだけは唱えなさいと言われていた
ことさえもしたくなくなった時期がありました。
だけどその後、姑が、神様は優しくて、どこにでもいらっしゃるのよ、と
言ってくれた時、心がとても軽くなったのでした。
正しい生き方を知っているとして、そこへ導くのに正しいやり方はどちらですか?
生き方にしても、「神様」にしても、食事にしても、
押し付けがましいのは受け入れられないものなのではないでしょうか。