ワタシが感じたイランとイラン人に関する雑感を、現地で撮影した写真をまじえて綴っています。不定期に更新中です。

☆cafeSHABNAM☆ Irano chetor mibini

皆様、こんにちは。閲覧ありがとうございます。
諸々の事情と状況で更新と、頂いたコメントへお返事が遅れることが続いておりますが、どうかご容赦下さいませ。
大変勝手ではございますが、無理の無いペースで、ワタシ自身も楽しんで続けたいと思います。よろしくお願いします。
ケータイから日々のつらつらをこちら→http://fatemeh6.tuna.be/でお気軽な話題をUPしております。
サーバーが重いことがありますがお時間のある時にどうぞご覧下さい。
YUKI拝
古今東西便利なモノ。


ふふふ、またカワイイおじいちゃんです。

デジタルカメラはワタシの大切なコミニュケーションツールです。

このおじいちゃんも許可を頂いた際、

「コート ベプシャン?」(背広着ようか?)って本気で(笑)

だから、

「ナー、ハムィントゥリー フーベ! ヘイリ ホシケリー」
(いいよ、そのままで! すっごくカワイイよ!)

と言ったらウフフ、と照れていました。

そして撮り終わった後、撮った画像を見せると田舎の人はびっくりして、
でもとても喜んで、興味津々で小さな画像を覗き込んで、
大抵が満足そうに「ダステ ショマ ダルドナコネ」(ありがとう)と。

「メルシー(ありがとう)」の場合もありますが、
写真へのお礼は、殆どの人が、ダステ ショマ ダルドナコネ、と言ってくれます。

こうやってお礼を言われたら、またまた!
撮ったこちらも、ダステ ショマ(強めに) ダルドナコネ!と返します。

勿論カメラを持っているだけで怒る人、注意される場所もありますが、

そこら辺は怒られたり注意されたらサッと引き下がれば良いわけで。

仕事上ではカメラを向けることさえ出来ない悔しい思いを時にはしますが、

(ワタシのカメラの腕前はご覧の通りの冴えないものですが、
 情報として参考になる場合があるので撮らねばならないことがあります)

ちょっと田舎の閉鎖的な所でも、お子さんや飼っている動物の写真を
撮らせてもらい、見せてあげるだけでグッと距離が縮まり、
そこから会話が弾んだりすることもあるんです。

ワタシが帰らないので心配して主人が探しに来ると知らない人のお家の
軒先でチャイを頂いていたりも(笑)

(観光地ではこういうお誘いにはあずからないようにしています。
 何か買ってくれ、っておねだりされちゃいますからね)

イランに限らず、他の国や勿論日本でも写真が取り持つコミュニケーションて

きっとありますよね。

ワタシも機会があれば別の国へまた行ってみたいなぁ。

日本の静かな所へも行ってみたいです。

きっともっと年をとってからになりそうですが、実現したら、

どんなにか楽しいだろう、と思います。

その時までこのカメラが現役でいてくれたら良いのですが。

ブログをやっていて嬉しいのは、たどって行くといろんな国について、

いろんな暮らしをカメラで切り取っている人が居るということを

見る、知る、ことが出来ること。

ワタシのカメラで撮られた写真も他の誰かにもそう思ってもらえたら嬉しいです。
| イラン | 18:07 | comments(6) | trackbacks(0)
夫婦の絆。



今回は姑のすぐ下の叔母夫婦のお話しです。

コロンと丸っこく、人懐っこい笑顔が魅力の叔母。ワタシは彼女が大好きです。

何故この笑顔が出るのか、と思うほどの苦労があったからなのです。

叔母が夫であるG氏と結婚したのは、やはり若くして、でした。

三年程経った時、G氏は「子供が欲しかったんだ」と離婚を切り出しました。

叔母は婚姻証明のちょっとしたメヘリエ以外何も要求せず、離婚に応じたそうです。

何故?と問うたら「それでも彼を愛していたから」と答えが。

G氏は遠戚からさらに若く健康な娘を妻としました。

そして一年。やはり子供は出来ず、G氏は自分に原因があることに気づきます。

心機一転、の意味もあり要求されたメヘリエを張り込んでOKした為、
G氏は手許にほとんどお金が無くなるほどになりましたが、若い娘と離縁します。

そして叔母の元に戻って来たのです。叔母にはわかっていたのでした。

きっと戻って来ると。

アザリ、またはアゼリと呼ばれるトルコ系のG氏は当時筋肉隆々たるハンサムな青年でした。

自信満々だった彼にとって子供が出来ないと自分から離縁した叔母にもう一度
結婚を申し込むのはどんな気持ちだったのでしょうか。

そしてこれからも子供は出来ないとわかってのことなのです。

寂しい夫婦二人暮らしになるのでは、と思った予想は外れ、
(恥ずかしながら)当時義父はあっちへフラフラ、こっちへフラフラしていたので
姑は大変苦労をしていました。

国営の会社の事務員の仕事に就いた母は列車に子供達を乗せて叔母に迎えに
来させて預ってもらい、テヘランで働いていたのでした。

時に主人を含む4人全員、または下の二人だけ、または義姉と義弟だけ、とか。

それがあって、今でもG氏は主人の兄弟姉妹を自分の子供のように接していますし、
彼らも叔母夫婦には他の叔父叔母達に対する態度が全く違います。

今ではワタシ達がG叔父さんと親しく呼び、G氏も
まるで自分の孫のようにワタシ達の息子を可愛がってくれるのです。

そう、姑の故郷でハトネ(割礼)の手術を受けた息子が眠ったのでほんの30分、
叔父の家に挨拶に行った間に痛み止めが切れて泣き叫ぶ息子を途方に暮れて
あやし続けてくれたのもこの二人。(あの時はホントにゴメン!!)

この離婚・復縁の話を叔母はG叔父さんの前でします。
G叔父さんも「まったく!バカな考え違いをしたもんだよ!」と。

叔母はG叔父さんを責めているのでは無いのです。
昔、起きたことを話しているだけ。

でも叔母は、
「昔は今みたいに不妊治療も無かったし、お金も無かったしねぇ」と。
誰か多くて困っているようなら子供をもらいたい、とまで言っていました。

今はG叔父さんも甥に当たるH氏と結婚した義姉の長男が立派に成人して、
婚約者も居るので、苗字を継ぐ者が居るから安心している、と言います。

最初の離縁の時、もしもワタシが叔母の立場だったら?

…きっと大騒ぎしてしまったかも。

でも叔母は何年でも待つつもりだった、と。
G氏以外私に触れていい者は居ない、と。

イラン人はお金にうるさい人種です。
ハッキリ言えば(笑)。

若い再婚相手に搾り取られてお金なんか無かったG氏を待ち続けた叔母。

勿論叔母夫婦がお金に興味が無いわけではありませんよ!
数年前にキャラジで買ったアパルトマンの周辺がとても開けて価格が
上がり、義妹夫婦の近所に引っ越して元の部屋を貸しています。

随分ラクになったようです。
なので、最近は主人から叔母さん達に少しお金あげていい?と
聞かなくなりました。
他のことにはちょっと助けてあげたことがありますけど。

叔母とG氏は今夏、仲良くマシャド(マシュハドと表記もします)の
知人宅に居て、残念ながら会えませんでしたが、先日テヘランの我が家に
来ていて、ネット電話でいっぱい話しました。

息子を産んだ当時は退院後、
叔母夫婦はまだ故郷に住んでいたのに、数ヶ月に一度、
半月程度ワタシを手伝いに来てくれました。
G叔父さんは、ちょっとあやす、くらいしか出来ませんでしたが(笑)
叔母はワタシに料理をさせて、おしめを洗ってくれたり、姑と同じように
なんでもやってくれて。

(まぁ、ヒマだった、とも言えますが)

身体を壊してすっかり痩せたG叔父さんに代わり、半月の間に
地元で請けた洋裁の仕事をチャドルに包んで持ってきて、
姑のミシンでダダーーッと縫っていました。

「どこでも出来るのがこの仕事のいい所なの!」と明るく笑っていました。

G叔父さんのアザリー語とペルシャ語、そして地元の言葉を三つ操って喋るのを見て
ペルシャ語わかんない、とか言っておられんぞ、と思ったものです。

そして当時、中々意志の疎通が取れなかった当の主人とのことをこぼすと叔母は、

「ハル ハネヴァデー モシュケルダレ!
  (どの家族にも問題はあるわよ!)

 ハル ザンオショウハル モシュケルダレ!
  (どの夫婦にも問題はあるのよ!)」

と、笑って言っていました。

この叔母夫婦の件に関しては、叔母の、つまり女性の忍耐に負う所が
大きいですが、これも仕方無いのかも。

どう考えてもこういった問題では女性が「折れる」のでは無く、
「耐える」方が、持ちこたえて絆をとくことを阻止できるのかもしれません。

そんな過去があっての、叔母の笑顔。きっと夫のG氏には価千金でしょう。
| イラン | 20:22 | comments(0) | trackbacks(0)
いたわりの温度差。
姑の故郷を経由してイランの田舎、遠戚が居るので毎回山にピクニックに行きます。

そこのお家が中心になって3家族位の羊を羊飼いを雇って
秋口まで放牧をその山でしています。

そのお家に初めて行った時、
(今はそのウチのお嫁さん夫婦=ウチの甥っ子夫婦の家に泊まります。
 家の敷地、塀の中に仔ヤギやら乳牛が居るのでお家にはノミ?が居て、
 皮膚の弱いワタシはまるで蜂にでも刺されたみたいになっちゃうのです。
 同じく皮膚の弱い義姉とその息子も刺されまくるのでそちらへの
 残念ながらお泊りは無しに。ひどい痒さなのでやむを得ず)

牛の為の一番大きなスペースに入ったら、レンガと土で作った小屋があり、
一人の老人が居ました。
藁が敷き詰められていて、お布団が敷いてある上に座り、ドアが無いので
裸電球の点灯した小屋の中ははっきりと見えました。

老人は両目とも瞳が白濁しており、視力が無いようでした。
ワタシはしばらくその小屋の中に気づかず、牛を撫でてやっていたのですが、
喜んでベロベロと大きな舌で舐められたのでくすぐったくて声を出して笑ったのです。

そしたらその小屋から声が。
そこで初めて老人の存在に気づいたのです。
しゃがれた声できつい訛りでしたが、何か欲しがっているのがわかり、
「おじいちゃん、何?食事?お茶?」と聞いたらかろうじて水を欲しがっているのが
わかりました。
でも水入れらしき物が無いのでそうだ、台所からもこの牛のスペースが見えたっけ、と
牛を刺激しないように台所側にまわり、窓からその家のおかあさんに
小屋のおじいちゃんが水を欲しがってるよ〜と。

すると「いいわ、私が今持って行くから、虫に刺されるから戻って!」と
言われました。

おじいちゃん、○○ハノム(その家のおかあさん)が、持ってくるって、と
声をかけて立ち去りました。

正直言ってちょっと胸の痛い光景ではあったので、牛のスペースを出て、
水道で手と足を洗っているとおかあさんが水入れとコップをお盆に乗せて
家から出てきました。

誰なの?と尋ねると、あの山の放牧地でずーーっと働いてたウチの羊飼いだよ、と。
何処かの山の部族から来た人らしい、と。

身分証明も軍歴も何も無い彼のような人は元居た部族との連絡が途絶えてしまうと
本当に一人ぼっち。

この彼はとうとう5年ほど前には動くことが出来なくなり、でも家族では無いので
牛達の傍らの農具入れを片付けて面倒を見ているのだそうです。

山で羊飼いなどの作業をするのは本当にきつい仕事です。
その疲れを癒す為、日常的に自然由来の麻薬を使う人も多く、山へ出なくても
習慣になって使う人も多いのです。

ことさら彼のような身分証明の無い老人になってしまうと病院へも連れていけず
(と、言うかこのように面倒を看ているのが珍しい)
何かの病の痛みを紛らわす為にそういう物を与えられていることも
おおっぴらには語られませんが周知の事実。

そこは問題があるとは思いますが、身元のわからない人を、ずっと地元の主の
飼い物の為にその人生を捧げたに値するのでこういう人は面倒を看るのだそうです。
(あくまでもこのご家庭は、ですけれども)

可哀想な気もしますが、どうでしょうか、
日本でたった一人で宿も無く暮らしているお年寄りが居るこの日本に
立ち戻って考えてみると日本よりもイランの方が「やさしい」感じがします。

日本で時々報道される介護疲れで心中…とか。

イランでもあるのでしょうけど、ワタシはけっこう家族内の付き合いに引っ張りまわされて
かなり遠い遠戚にも引き合わされますが、お年寄りや障害者を介護している
ご家族はかなりの確率で高いような気がします。

イランのようにたくさんの民族、部族の混沌とした社会では、
お話しに出てくるようなさすらい者が居たりするのです。

しかし身体を壊せばさすらう事などできず…。
もしかしたら山で骸(むくろ)をさらす人物も居るのかもしれない…。

現在の日本にはなかなかさすらえる環境が無いのもありますが、
自分の信念の為に、公共のサービスに甘んじることを良しとしない人もいます。

ひたすらに始発を待って、夏涼しく、冬温かい環状の路線に終電まで乗り続ける。

牛の傍らとはいえ、雨露をしのげ、温かい食事が三度食べられる。

どちらが幸せなのだろうか。

支援施設の不正などのニュースを見ると、日本のような先進国とイラン、
どちらに「いたわりの心」があるのか…。

見た目も聞えもいいけれど、システムの乱用がある日本。
システムは無くともそういった「当たり前のこと」を心から普通に行えるイラン。

どちらのいたわりが温かいのだろうか。

ワタシの祖母が今年逝った時、両親と妹が葬儀屋と話し合いをしている間、
ワタシと主人が祖母に付き添っていました。

職員の方達が数人ずつ、入れ替わり立ち代わりやってきて手を合わせてくれました。
もう聞く事を停止した祖母の耳に、「がんばったね!」とささやいた女性職員。

「キレイね、キレイにしてもらえてよかったね!」と手を撫でながら言ってくれた人も。

牛の傍らのおじいちゃんは、こんな風に声をかけてもらえないでしょうけど、
母屋の家族たちの話す声を聞きながら、薄れゆく記憶の中から自分の家族と
過ごした日々を手繰り寄せて夢想していたかもしれません。

それぞれの国に、それぞれの地方に、そしてそれぞれの家庭にどこまでやってやるか、
家長の良心にかかっている事柄で、ワタシがあれこれ杞憂することではありませんが。

一昨年ぶりの今夏の渡イラン、あの牛の傍らの小屋は農具入れになっていました。

おかあさんは、「行ったよ(亡くなった)」と一言。
彼がウチの羊に手間をかけてくれたから、その分、我が家で彼を看た。

彼も行けて、きっと(心が)軽くなっただろう、と。

この家のおとうさんは無口で、日に焼けた顔で年をとったせいもあり、
二十頭足らずの羊を近くの野原へ連れて行き、
夕方までに連れて帰る暮らしをしています。

そういうことは一切口に出さず、動けなくなったおじいちゃんを山から
降ろして小屋の中をしつらえたおとうさん。
何も言われなくても食事を用意したおかあさん。

血のつながりの無い人でもここまでするのが、イラン人。
血のつながりがあっても、一度こじれるともう二度と、は無いのもイラン人。

あちこち行き、見て来ましたが、
なんでもかんでもイランが良いなんて思いませんが、
寛容にいたわりをほどこす人が多いのは日本より、イランのような気がします。
| イラン | 08:18 | comments(4) | trackbacks(0)
偉い人達へ。


お昼下がりのテヘランの山付近の村。

おじいちゃん達が集まってお喋りしています。

こういう景色にヨワイのです(笑)

なんかカワイイ感じ。

若い頃からこうやって集まっていたんだろうなぁ。

こんな写真を見てもらってもやっぱりイランは悪の枢軸なの?

そう思う?

そう思う人はずっと思っていて下さい。

一部に権力が集中しているのは勿論認めます。

だけど一般市民は違います。

高くなくても皆で食事を囲んで、楽しくお喋り。

それがイランの普通の生活です。

訪れた日本人の殆どが言います。

「なんだか懐かしい」

ワタシもそう思いました。

それは褒め言葉と取って欲しい。イランの偉い人達には。

徹底的にやられて、極東のこの島国みたいにならないように。

話し合いで解決してほしいと、片足が日本に、もう片足がイランにある、

ワタシ達日本人配偶者は思っています。

相手が応じる気配を見せたのなら、両国ともに手を汚さず、

一滴の血も流さずに話し合いましょう。

ここでまた、皆には冷ややかに「無理よ」言われますが、

政権交代を果たした日本の偉い人達、間に入っても良くはないですか?

日本をメチャクチャに蹂躙した国と、大昔から遣いを寄こした西の果ての国。

時代も時代ですから、少しだけでも両国が歩み寄れるよう、手伝ってもムダでは無いかと。

そう思うのですが。
| イラン | 18:07 | comments(4) | trackbacks(0)
まだ啓蒙の段階か、ゴミ問題。


イランのある小さい都市の遠戚の経営するお店前。
お店に品出しするたびにダンボールの梱包を「ジューブ」と
言われる水路に捨てます。
明け方にゴミ収集業者が拾いに来るのでこのままでいいのです。




ちょっと先まで行くと収集車専用のこんなコンテナがありますが、
お店の前なら必ず集めて行ってくれるのです。



テヘランのウチの近所のコンテナは黒です。
ゴミ袋、入れてない人が居ますねぇ。ここまで持って来たのに。




ジューブも比較的キレイです。

でも!ゴミコンテナに入れるようになってきたのは良いことだけど、
家から出すゴミは全く分別されていません。
だから業者とは別に、ダンボールだけ、とか、プラスティックだけ
集めている人を見かけます。
きっと買取業者が居るんでしょうね。




あぁ〜、ウチの店の入っている小さいショッピングモールでは
こんな状態でした。
コンテナ割れてるし、ごちゃごちゃですね〜。

お友達に頼まれて、ゴミ関係の写真を見てみたいとのことで
撮ってみましたが…。
まず、やはりゴミの分別が何の役に立つのかを啓蒙しないと。
何の為に混合しちゃダメなのかやらないとダメですね。
まず「知らせる」ことですが、我が家でもポテトチップスの袋を
日本で捨てる時、こうやって小さくたたんで、テープで留めて
生ゴミとは別に捨てるんだよ、と言うと笑われちゃうんですから。
イラン人が「片付けない」ということは無いですよね。
だって家の中はどこのご家庭もとってもキレイですもん。

深く追求していくと、政治問題になっちゃうけど…。
自分の国、街を愛するトコまで行ってないのが原因じゃないのかな。
ゴミは汚いから捨てる、その後どうなるかなんて知ったことでは…?
もっとイラン人自身が国や街を愛せるように、国づくり、国の運営を
する立場の人達が考えなければ。

ミサイルの発射の前にもっと国民の為になることをしていかなくちゃ、では?
| イラン | 00:02 | comments(6) | trackbacks(0)
服装コード緩和のメリット。


滝川クリステルさんのソックリさん、サヘルさんに似ているな〜と思い、
許可を得てお写真を撮らせてもらいました。

今夏は滞在期間がとても短かったのでテヘランでゆっくりしたのは
前半にお友達イラジャポ夫婦2組と集まれた時でした。

断食月が近づいていたので結婚式が目白押しで田舎でも都会でも
浮き足立ってる感じでした。

断食月を控えた滞在前半の集まりの時には、若い女の子達が
ゾロゾロ歩いていました。
一昨年に比べたら女性の服装はかなり規制が緩んでいるようでした。

日本で今、若いキャバクラ嬢さん達の「盛り髪」が流行っているそうですが、
イランの女の子達もかな〜り「盛って」ました(笑)

さすがに日本みたいに「パフェ盛り」みたいな食材サンプルのパーツを、
と、いうのでは無いのですが、高く高く結い上げてスプレーで
固めてるんでしょうね、ルサリ(スカーフ)やショールが
尖っている女の子が多かったです。

ちょっとケバ過ぎでは?と思いましたが…。

これも「ガス抜き」で捕まえないんでしょうかね。

ワタシもお尻が隠れる程度のロングシャツブラウスで過ごしてましたし。

田舎の結婚式ではそれにアバーヤを羽織って出掛けました。
(アバーヤ買ってよかったなぁ、すごく便利です)
田舎の方は本当に素朴な結婚式で。
でも新郎新婦が、16歳の男の子と18歳の女の子なんですよ。

ちょっと複雑な気持ちになりましたがあの二人はあの村でずっと暮らすのかなぁ、と。

この結婚式を見て、テヘランで親戚の結婚式に行ったら、
新婦さんの伯父さんにあたる俳優さんも来ていて、それはそれは華やかで。
すごい違いだなぁ〜と。

男女に分かれた会場での女性達のドレスったらと〜ってもハデでした。
結婚式にはめんどくさいのでカメラを出さないでおきます。
身内に撮って、と言われたら撮りますが。

知らない人を撮ると、「うちの娘が背景に写り込んでるから削除して」と
毎回メモリーを全部チェックされて。
検閲より厳しいわぁ、と毎回思うので。

まぁ、服装規制が緩くなると(あんまり露出するのは問題だと思うけど)
自然に皆、笑顔になるからいいな、と思いますが。

たとえ一時的に、だとしても笑顔の若者を見るのは嬉しいものだな、と。

そんな風に思いました。

| イラン | 18:32 | comments(0) | trackbacks(0)
エスファンドって!


イラン関係の皆さんにはお馴染み、「エスファンド」。

赤ちゃんが生まれた、新しい家具やら家電を購入、と言っては

「シリニベデ!(お菓子を振舞って!)」と言われてお茶会になったりするのに

お客さんが帰ると、その羨みの邪視を避ける為、焚かれる、アレです。

イランに関わって十何年、この実の用途は知っているのは当たり前。

でも!!



こんな草が道端に生えているのを見て、何の気無しに、姑に尋ねたんです。

「あの草、なんだろうね?」と。

「あらっ、知らなかったの?!」と逆に驚かれました(笑)



実をつけて乾いてしまうとこの朝顔の種のような物の中に

エスファンドと言われる種が出来るというわけです。

テヘランを出て、地方へ向かうとしょっちゅう見ていた草が

あのエスファンドだったとは。

まだまだ未熟者でゴワス、ホントに。
| イラン | 21:58 | comments(2) | trackbacks(0)
お魚天国。
ギョギョ〜〜!さかなクンにこれはなんて魚なのか教えてもらいたいです(笑)

毎度おなじみ、ペルシャ湾岸に行ってきました♪

こーーんなに長いんですよ、この魚。


鱗で家が汚れるので取ってもらいました。


骨が大きいのでスプーンで白身の肉を削ぎとって、マシンにかけて
ひき肉のようにしました。
チーズおろしですったジャガイモと混ぜて調味料を加えて、
ククー(本来はジャガイモをサラサラに摩り下ろします。)という
イランのオムレツ風に油で焼きました。
表面はカリカリでちょっとニンニクを入れた白身が美味しかったです。


あとは、海老♪


けっこう大きいでしょ。


プリプリで美味しかったですよ。
あまり辛くても甘くても家族の口には合わないと思うので、
味を調整してエビチリを作りました。

夏にこんなもんでいいの?という気はしますが(笑)


我が家ではお休みで渡イランする場合には必ずこのAhwazの親友宅に厄介になります。
テヘランではあまりたくさんの種類のお魚は目にしないので、
家族にとってもお土産の魚介類は楽しみの一つなのです。

(その代わりテヘランでは北部からの養殖魚が活魚で入手可能なので
 マスなどは美味しいです)



よく友達に「この暑い夏になんでまた毎回Ahwazへ?!」と言われますが、
暑いから行きたいんじゃん!!、なのです(笑)

| イラン | 23:10 | comments(4) | trackbacks(0)
イランのMr.Bean


こちらの男性、「Mahi Sefat」という名前のスタンダップコメディアン。

「イランのミスタービーン」ということで「メスタースィーン」という
ニックネームで親しまれています。

最近はこのジャンル、規制もゆるくなっているので
(そりゃそーだ!選挙があの結果で何もかも禁止したら国がどうにかなっちゃうよ)
(えっ?もうなってるって?そうかもな プッ)

DVDも販売されています。

DVDでは大きなホテルの宴会場や、サロンで収録されていて、
お客さんも家族単位で男女別れず座っている様子が録画されています。

生バンドが彼のトークに合わせてネタとネタの間を繋ぎます。
かなーーりキッツいジョークや、ワタシが見たのでは女性歌手、
ホメイラそっくりの声で彼女の曲を歌い、芸達者ぶり満載。

そっかぁ、こういうのOKなんだぁ、と思っていたら帰国直前に
始まった断食月初日のスペシャル番組に彼が生で出演していてビックリ。

宗教的な日なのに、いいの?みたいな関係ないギャグをやってました。

「あるトルキーが死んだんだけどね?
 なんで死んだんだ、って話になったんよね。」

「牛乳飲んでて死んだんさっていうわけ。
 だから牛乳が腐ってたってこと?って聞いたらね?」

「牛乳飲んでたら牛が座ったもんで窒息したんさ、だってさぁ」

…いいのかな、と思いましたが国営放送でやってたんだから、いいんでしょうな(笑)

この人に限らず、田舎者いじりのジョーク、多いです。
このジョークも先輩ジャポ妻さんから聞いたことがあったので、
えっ?どこ系か名指ししちゃうんだ、と思ったものですが…。

まぁ、ジョーク聞いて笑い飛ばさないとやってられない国民感情を
慮ってOKにしてるんでしょうねぇ、やっぱり。
| イラン | 20:55 | comments(0) | trackbacks(0)
いらんもちゅもん。
イスラム教徒の皆様、断食月、おめでとうございます。

帰国したら夜はコオロギが鳴いて秋らしくなっていて驚きました。
帰って参りました。

まぁ、いろいろ書きたいことがあるのですが、焦らず更新していきます。

タイトル、わけわからんぞ、と思うかもしれません。

ワタシもイランで
「ザンダイー、ミビニ?ジュムンゴ?」
(ザンダイー(母方の兄弟の妻の呼び名)、ジュムング見てる?」と
言われ、何それ?!となったのですが、よくよく話を聞くと
韓国ドラマだと。

そうだ、「チャングム」も「ヤンゴン」て言われてたもんな、と思い
しばし考えて、「はっ、もしかしてチュモンのことか!と気づきました。
日本でもファンが多いらしいですよね?

韓国ドラマはハマるとどうしようもない、と聞いていたので、
なるべく見ないようにしているのですが(笑)、イランの人達の
チュモンへのハマりようはこれまたスゴイことになっていました。

お店をやっている人もTVがあれば必死で見てるし、再放送も
必ず見る、って人まで。

ワタシはあらすじがよくわからないのですが、たまたま家族と見ていたら
なんですか、チュモンには妻子があって生き別れになったまま、
妻の方はチュモンの存在を知りつつ何かの理由で自分を隠していたのですかね?
やはり先の国王?と死別したソソノさん(女王なんですかね?)と
再婚することになり、その宣言を二人が民衆の前でした時、生き別れの
チュモンの妻は涙を流して民衆に紛れて帰って行く…というシーンでは
皆が「可哀想…!!」と入り込んで見ていました。

イランのドラマでは「ラスギャラン」が人気でこの二つのドラマを
皆が必死で見ていました。

ワタシとしては皆が固まって見入っている様子が面白かったです(笑)

滞在後半、南部の湾岸地域の友人宅へ行った時、末の甥っ子が興奮して
姑との買い物から帰ってきました。

ザンダイー、見て見て!!と差し出したのはついこないだ放送された
結婚式の衣装を纏ったソソノがプリントされたプラスチックのお盆。
それからチュモンがプリントされたTシャツ。

「カンゾウ、着てみて!」と姑がチュモンTシャツを勧めたのですが、
カンゾウは「えーー、いらないよ」と(笑)

(ママン、ごめんね…)

いやはや、スゴイ人気でした。

国営放送は次の韓国ドラマ、何を放送するのかな?

日本のドラマももっとやったらいいのに、と思うんですが、
日本の側で売り渡す時に色んなフィーがかかるので国営放送の
担当さんは納得出来ない部分があるみたいでした。

大統領の就任に祝電打ったりしているんだから、イランも
もうちょっと日本の文化を紹介して欲しいなぁ。
| イラン | 23:32 | comments(4) | trackbacks(0)
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